2x2...人と文鳥の小さな群れ

シルバ@blanccasseのための備忘録

突然の終焉

その朝


海松と襖の影から様子を窺う風
母親と折り合いの悪い父親に、改めて昨日の様子を聞くと、どうも母親が帰宅する直前に軽い発作を起こしたらしかった。発作と云っても、今までのような全身痙攣では無く、後肢がぴくつく程度の軽発作。らしい。それ以外に変わったことはなかったとのこと(たぶん)。。。父親は動物が苦手で、なるべく関わらないようにしている人なので、それ以上のことは不明だったのである。だが、母親の書き残したメモにも、当初肢がふらついていたとの記載があり、てんかん発作再発はほぼ確定と思われた。

それでも。私が見た時には、呼吸も収まり、いつもと特に変わった点は見られなかった。一つだけ。ずっと水を飲まずに居たため、排尿排便共に無く、既に脱水症状を起こしている様子であった以外には。。。

脱水は腎不全末期の海松にとって大問題。取り急ぎ点滴(補液)を受けさせることにした。もし問題が脱水だけであれば、点滴(補液)を増やすことで解決出来る。が・・後のことは、診察を受けてみないことには何も分からない。というか。そもそも昨日の今日で脱水とは。。。母親のメモの最後には、二重のアンダーライン付きで「入院はさせないで!!」の文字・・けれど・・・どうすれば良いのか、どうなるのか、受診してみないことには。。。迷いつつ、病院へ。医師に驚かれつつ受診。

結果。「前日点滴(補液)を受けているにも関わらず脱水症状が出ており、これは異常事態。吐いたのが一回で、他に嘔吐の形跡がないことから中毒の可能性は除外。肺に雑音も無く、誤飲の可能性も無し。呼吸器症状はとても気になるが、既に治まっているので現段階では原因不明。糞尿に若干潜血が出ているのも気掛かりだが、様子見するしかない。明朝、また点滴(補液)が必要と思われる。また暫く、毎日通って欲しい。」とのことであった。

入院と宣告されなくて良かったという気持ちと、原因不明の諸症状に対する不安。でも現実に目の前にいる、いつもと変わらぬ海松。医師に文句を言い、検査待ちの間中「帰る!」とごねる海松。不安と期待と焦燥と安堵と。「昨日(病院へ)来た時には、なんでも無かったのに・・・。」と呟く私に、医師は「急変する時っていうのは、そういうものでしょう。人間だって同じだよ。」と。。。

実家に連れ戻り、昼頃までの数時間を共に過ごす。帰宅後すぐに排尿。長い。ネズミの糞のような、小さなチョスを三個。少し食べるというので、餌場に連れて行くも匂いを嗅ぐだけ。おかかを足してやると、それだけ選んで口にする。相変わらず我が侭なお姫さま。羽毛布団の中へ入れてやり、背中を撫でつつ時を過ごす。

ここ最近、段々冷え込んで来ていたので、冬中猫たちのために点けっぱなしにしているホットカーペットの上に、更に羽毛布団を用意。皮下脂肪の無くなった海松には寒さが堪えるようで、毎日そこへ潜って寝ているのである*1。時々布団の中から呼び掛けるので、その声に答えつつ。。。

昼頃。父親に「今日は仕事、休みなのか?」と聞かれ、反射的に「ううん。これから。」と答えてしまった。実際、また頼まれ仕事をしている最中ではあるのだが、両親には“フリーという名のほぼ無職”であることは内緒にしていたために。そして、そう答えてしまった成り行き上、海松が寝入った頃合いを見計らい、いつも通りに帰宅。

20:00過ぎ

母親に診察結果を報告しようと電話を。しかしまだ帰宅しておらず。父親に「その後、海松の様子はどう?」と聞くが、「いや?ずっと寝てるよ。」と。。。ほんの一瞬、何かが引っ掛かる。が。私は流してしまった。。。

21:30過ぎ

「海松、死んじゃったよ!」

母親からの電話、開口一番の科白。「えっ!?」という音が思わず口を衝くが、意味が分からない。理解出来ない。“どうして?”という疑問すら湧かない。耳に入る言葉は単なる音の連なりで、ただただ意味を成さないのだ。それでも。「取り敢えず、今すぐ行くから。」と答えて電話を切る。支度をしながらも、やっぱり意味が分からない。子犬ちゃんに抱きしめられても実感がない。分からないのだ。これが現実であるということが。

でも。これが真実なら、もう海松を待たせることはないのだと理性は告げるので。花屋に飛び込み、ピンクの花々を持ってタクシーに乗り込む。涙は出ない。

突然の終焉


数日前、最後の写真となった海松
「何処?」と尋ねる声に指されたのは、いつもの羽毛布団。捲り上げると、その中心で海松は事切れていた。

即座に抱き上げ、いつものように、頭も身体も撫でながら、何度も繰り返す。「がんばったね。よくがんばったね。海松はえらいね。がんばったもんね。」

母親が帰宅した時には、もう死後硬直が始まっていたらしい。布団の中で発作が起きたのか何なのか、立ち上がろうとして心停止に至り、ずるずる頽れたのであろう。両前肢を広げた姿勢で、目を開けたまま亡くなっていた。

たぶん、苦しんだのだろう。同じ布団の隣りに入っていた父親が、全く気付かなかったのだから、長い、或いは酷い、苦しみでは無かったと信じたい。が、それでも少しは苦しかったのだと思う。独りで、誰にも看取られずに。。。

母親が死後失禁の後始末をしている間、何とか硬直の始まった身体をほぐし、目を閉じ両肢を揃えて寝かそうと努力する。途中、「・・・どうして・・。」という母親の呟きに、「今日、先生がね?人間も同じだって。急変する時は、そういうものだって。」と答えた一瞬だけ、こみ上げるものを抑えることが出来なかった。でも、それだけ。

頂き物の柿が入っていた段ボールで急拵えの棺を作り、真新しいバスタオルの布団に海松を横たえ、花で埋め尽くす。最後まで何とか目を閉じようとするが、羽布団とホットカーペットの暖かい穴蔵から出された海松の身体は、どんどん硬直が進み、どうしても、何度やっても、目だけがうっすら開いてしまう。それが、海松の苦しみを表しているようで、何とも言い難い気持ちになる。

母親は。父親が寝に行った後、急に「海松がいなくなっちゃった・・!」と言って、泣いていた。ほんの、数分。その後も、懸命に堪えているらしかった。

風は事態をどう捉えて良いのか分からない様子で。海松に触れた手で撫でようとすると、嫌がり威嚇する。

でも、花に囲まれている海松は、傍目からは寝ているようにしか見えなくて、私はやっぱり、それ以上涙が出ない。悲しみは胸の底に沈んだまま、浮かび上がっては来ない。

*1:風には潜ると暑すぎるようで、布団のふかふか足触りを楽しみつつ、上に乗って寝ている。